声を失っても、想いは届けられる。ALS患者様の「公正証書遺言」作成をお手伝いして。
先日、あるご家族と公証役場からの切実なご依頼を受け、公正証書遺言作成の「通訳人」として立ち会わせていただきました。
なぜ「家族」ではなく「言語聴覚士」が必要なのか
公正証書遺言を作成する際、法的な拘束力を持たせるために最も重要なのは、「ご本人の真実の意思確認」です。
しかし、たとえ日頃から円滑に意思疎通ができているご家族であっても、相続に関わる可能性のある方は、法律上の「証人」や「通訳人」になることは認められません。また、今回のケースでは、公証人様より「国家資格を有する、コミュニケーションの専門家」の立ち会いが強く求められました。
そこで、言語聴覚士(ST)である私に声をかけていただいたのです。公証役場を通じて作成される、法的な拘束力を伴う「遺言」を作成するにあたり、ご本人の意思確認をするための専門家の立ち合いを求められてのことだそうです。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病と、意思の隔絶
今回のご依頼者は、ALSと診断されてから非常に進行が早く、準備をする間もなく気管切開・人工呼吸器の装着に至った方でした。
ALSは全身の筋肉が徐々に弱くなっていく病気です。食事が困難になり、呼吸が困難になっても、「意識や思考は鮮明であること」が少なくありません。
閉じ込め症候群(ロックドイン・シンドローム)
伝えたい想いは溢れているのに、声が出ない、体が動かないために、他者にそれを表現できない。「わかっているのに、伝えられない」という、もどかしく過酷な状況に置かれます。
「遺言」という名の、大切な家族の対話
私にとっても、遺言作成の通訳という大役は初めての経験でした。 「遺言」という言葉には強い響きがありますが、実際にお手伝いをさせていただいて感じたのは、それが極めて大切な「家族の対話」であるということです。
思うように言葉が出ないもどかしさの間に立ち、透明文字盤やわずかなサインを介して、一つひとつ言葉を紡ぎ、確認していく作業。それは単なる事務手続きではなく、ご家族がお互いの現状を認識し、思いやりを持って未来を託し合う、尊い時間でした。
「必要な場所に、必要な支援を」届けたい
公証人の先生は、「こういう時、専門家がなかなか見つからなくて本当に困るんだ」とおっしゃっていました。ご依頼者様も、私に辿り着くまでに大変な思いをされたそうです。
病院の中で活躍する言語聴覚士も重要ですが、退院した後の社会の中、あるいはこうした法的・社会的な場面で必要とされる支援は、まだまだ足りていないのが現実です。
言語聴覚士としてできることは、限られた支援かもしれません。 しかし、大切な想いを社会に繋ぐための一助となれるよう、これからも「社会の中にいるST」として、必要な場所に駆けつけたいと考えています。

