「読み書き」の配慮とは?
「発達性ディスレクシア」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
「読み書き障害」とも言われます。
これは、知的な遅れがないにも関わらず、文字を読むことや書くことが難しい状態を言います。
例えば「宿題にものすごく時間がかかる」ということはありませんか?
子どもは、やろうとしていないわけではない。
でも何でこんなに時間がかかるんだろう?
また、
・漢字がどうしても覚えられない
・本読みが上手にできない
なども、読み書き障害に気づくサインのひとつです。
文字を読むこと、文字を書く事というのは、脳の様々な機能を用います。
その中で、「書いてある記号を特定の文字として認識する」ということや、逆に「考えている事などを、文字に変換する」といったことが困難であり、結果「文字の取り扱い」が極端に苦手で過負荷になっている状態です。
これらは、文字を音声に変換してもらう(読み上げ)ことや音声を文字に変換してもらう(代筆)など、入力・出力を別の手段に置き換えることで対処できることがあります。知的な遅れなどはないということが前提ですので、そこさえ支援が受けられれば意味理解や意思表明は可能なのです。最近は、iPadなどのICTが極めて急速に発達しているので、これらを活用して学習に取り組んでいる例は多々ありますが、逆に、なかなかそうした支援に行き着かないという現実も少なくありません。
「合理的配慮」
といいますが、こうした読み書き障害を始めとして、社会生活を送る上で、様々障壁を感じている人々に対して、出来る範囲で(過度な負担とならない範囲で)、支援を講じることは、社会全体の義務なのです。
かつては、こうした読み書きに対する困難がどういうもので、どのような支援を講じれば良いのかが分からない時代がありました。しかし現代、評価をすれば、個々の児童の読み書きの特性を確かめることができます。そして、そうした特性に対しての支援の方策も充実してきています。
私たちは、支援が必要な児童に、必要な支援が届く社会であること。そして、そうした支援があるということを、本人や家族が必死に探し回らなくても提案してもらえる社会でありたいと感じています。
「学校に行きたくない」
「宿題が終わらない(量に対して時間がかかりすぎる)」
など、読み書きについて悩んでおられる方があれば、ぜひお気軽にご相談ください。

